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現在社会を生きていくための金言・考え方を集めて兵法書(blog)としてまとめるというコンセプトです。

差別について考える

悪い差別をなくそう


初めに言いたいのは、「差別をなくそう」ではなく、「悪い差別をなくそう」が正しい事であるということを主張したい。全ての差別が悪いわけではないことを理解すべきである。
なんでもかんでも「差別」という言葉を使って、差別があった理由も考えずに、自分の集団が有利になるように主張している事柄や人たちが多くないかとも主張したい。例えば、犯罪者が逮捕されて、人権を奪われるのは不当な差別ではなく、当然の差別なのだ。イスラム教だから、獄中でも豚肉を食べたくないという主張は通らない。それが、犯罪に対する罰なのだ。理解せよ。逆に、喫煙者やホモやロリコンは差別されているのに、大人しすぎる。もっと、差別だと主張して法務省を動かしてほしい。
「差別」という言葉には、既に悪い意味で使われていて、そのイメージが払拭できなくなってしまった単語である。そのため、「区別・分別」という言葉をもっと利用する必要があると思う。



差別には良い差別と悪い差別がある。



当然だ。例えば、ハンディキャップのある人や子供・お年寄りはいい意味で差別されるべきである。だから優先席や子供割引がある。これについて、反論のある人はいないはずだ。
つまり、差別には良い差別と悪い差別(=不当な差別)があるのだ。良い差別のことを「区別」または「分別」と言い換えたりしてもよいと思う。「差別」という言葉を聞くだけで、内容も考えずに、悪だと思ってしまう人たちがあるからである。(一度、差別主義者とレッテルを貼られてしまうと、議論や会話が成り立たなくなってしまう。)昔の人は、「区別」や「分別」という言葉が必要だったから、その言葉が使われてきたわけであって、今の人が使うのも必要性があり、合理性があるということである。重要であるのは、「良い差別」があることをしっかり認識することである。
この「良い差別」がどれだけ重要であるかを説明したい。以下箇条書きになる。
・発展途上国は先進国とは別にCO2排出の制限がかからない。これはいい意味での差別(区別)である。→つまり、「よい差別」であり、必要だと判断されたということである。
・女性には生理休暇は必要である。これはいい意味での差別(区別)である。生理休暇をとれないと、困る女性も多いと思われる。→つまり、「よい差別」であり、必要だと判断されたということである。
・タバコや酒を飲めるのは、20歳になってからというのは、年齢による差別であるが、これについても異論を述べる人はほとんどいないと思われる。→つまり、「よい差別」であり、必要だと判断されたということである。
・犯罪者は逮捕され、人権が制限される。これも、犯罪を侵したら差別されるのは当然だと思う。一生差別されるべきなのか?家族まで差別されるべきなのか?という点について論点があり、社会的に過度に差別されすぎている点がある。→逮捕され、人権が制限されるのは社会からみて「よい差別」であるが、社会復帰できないような差別を続けるのは、「良くない差別」だとも思われるので、「良くない差別」はなくす必要はあると個人的には思う。
・タバコを吸うのは、専用のエリアでのみ吸うこと。これに関しては、喫煙者がかわいそうだと自分(非喫煙者)は思ってしまう。つい1990年頃までは、会社の中でタバコを吸いながら仕事をするのが許されていたのに、たった30年で常識が一変してしまったためだ。つまり、差別や常識というのは時代によって、コロッと変わってしまうことなのである(笑)。


このように、良い差別についての例を挙げていけば、枚挙にいとまがない。良い差別というのは、すでに現代社会の中でたくさん存在しているのだ。


であるから最初に言ったように、「差別をなくそう」は間違いなのである。正しくは、「悪い差別をなくそう」なのである。差別はすでに現代社会の中でたくさん存在して認められているのだ。ここがはっきりすることで、差別だと主張された事柄について、それは良い差別なのか悪い差別なのかという議論が始まり、残した方がよい差別なのか、残さない方がよい差別なのかが分かるのである。議論することもなく、差別をなくそうと主張するのは、短絡的であり、思慮の浅いことであるのだ。



では、差別を深く考えるために、ここで面白い疑問を提起させてもらう。



履歴書に学歴を書くのは、学歴差別ではないのか?


米国では、履歴書に写真を貼ることを要求するのは、人種差別につながるので履歴書に写真を貼らないのが一般的である。今は、学歴を書くのは一般的だが、あと数十年したら、履歴書に学歴を書くのは学歴差別と言われてしまうかもしれない。タバコの例を考えればありえる話だと思われるのは自分だけか?
学歴といえども、それによって採用が決定するなら差別は差別だ。一般的に、学歴差別というものは、人材を適切に判断するための良い差別だということで、履歴書に書くという習慣があるということだと考えられるので、今後も履歴書に学歴を書くことは続くだろう。だが、今後AIが人材採用をし始めて、「高学歴が集まると東芝やシャープのようになる」と判断されて、高学歴が不採用になり、低学歴ということが理由で低学歴が何割か採用されことになることが起きたら、逆に面白いと思う(笑)。



ホモを茶化すのは差別なのか?


個人的に、ホモネタは好きなので、ホモを茶化すのは差別でないと思いたい。しかし、当事者にとっては、不快な思いをされていると思う。しかし、タバコと同様に不必要な存在として、一般人から嫌われても仕方のないことなのかもしれない。「レズがOKでもホモは気持ち悪い」これは差別であり、ホモがばれて自殺した一橋大学生もいるので、これも、深く考えることが必要なことだと思う。



ロリコンは不当に差別されていないか?


最近LGBTの権利が認められてきている。しかし、ロリコンが入っていない。数からいえば、ロリコンが一番多いはずである。LGBTではなく、LGBTLにした方が良いのではないかと思う。ホモ同様ロリコンも気持ち悪いと差別されていると思われる。確かに、気持ち悪いが、アニメとか見ていると、ロリコンが増えるのは仕方がないと思う。それから、ロリコンは病気に近い症状であるので、むしろ病院で診断できるようにした方が良いと思う。



医学が進み病気への差別は不要になった例


ある事柄に対する差別が現代においても、必要か合理的かという点が大切なのである。例えば、ハンセン病患者への差別は現代では不要なものだ。これを不当な差別という。中世では病気の原因や感染経路が判明していなかったので、周りの人が病気にかからずに生き残るためには患者が差別されてしまうのは仕方のなかったと思う。



繰り返すが、「差別・区別・分別」というのは、社会において必要な考え方なのである。その中で、根拠がないものなどについて、意識を改めるということが必要なのであり、根拠のない部落差別や人種差別などは、悪い差別(=不当な差別)だからやめようということである。

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